超短編小説「九月の標本」
8月28日
読了時間: 2分
夏が終わり、秋が始まる。その境目にだけある、少し寂しい時間の話です。
九月になると、彼は夏の名残をひとつだけ瓶に入れた。
去年は、海で拾った青いガラス片。
その前は、蝉の抜け殻。
もっと前には、花火の燃えかすや、乾いた朝顔の種もあった。
棚には、小さな瓶が八つ並んでいる。
全部、夏の終わりに拾ったものだった。
どうして集めているのかと聞かれると、彼はいつも同じように答えた。
「終わってほしくないから」
九月の夕方。
昼間はまだ暑かったのに、日が傾くと、風が少し冷たくなった。
道の脇では、虫が鳴いている。
空は少し高くなり、雲だけがゆっくり秋の形に変わっていた。
今年は何を残そう。
そう考えながら歩いていると、足元に小さな貝殻が落ちていた。
夏に行った海を思い出す。
彼は拾い上げた。
今年は、これにしよう。
そう思った瞬間、風が吹いた。
手のひらの貝殻が、ころりと落ちた。
拾おうとして、彼はやめた。
しばらく、そのまま見ていた。
そして、ふと思った。
夏が終わるのが寂しかったのではない。
終わってしまった時間に、自分だけが置いていかれるのが怖かったのだ。
彼は空を見上げた。
夕焼けの向こうに、うっすらと月が出ていた。
その夜。
九つ目の瓶は、棚に並ばなかった。
代わりに窓を少し開けた。
部屋に、九月の風が入ってきた。
季節は残すものではなく、通り過ぎていくから、美しいのかもしれない。




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