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短編小説 「影の足音」


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夜、部屋の隅に目をやると、そこに何かがいるように思える。暗闇は深く、そこに視線を注ぐほど、形のない何かが動き出す気配を帯びる。影だ。それも、自分の影ではない。

この部屋に入ったのはいつだろう。窓は閉じているが、外の風が壁をなぞる音が聞こえる。いや、風ではない。足音だ。柔らかく、規則正しい。それは床下から、壁を這い、そして天井を渡っている。

だが振り返るたび、そこには何もいない。ただ、何かが自分を見つめている気配だけが、確実にそこにある。

「誰だ?」と声を上げてみる。自分の声は、壁に吸い込まれて消えた。返事はない。けれど、足音が少し近づいてくるのがわかる。

一歩、また一歩。目を閉じてもその音は響き続ける。やがて音は止まり、静寂が訪れる。だが今度は、耳元で囁く声が聞こえた。

「ずっとここにいたよ」

全身が凍りついた。影の主が、自分の内側から語りかけていることに気づいたのだ。

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