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超短編小説 「漂流者」



 砂の上で目を覚ました。潮の匂いが鼻を刺し、湿った衣服が肌に張り付いている。波は規則正しく打ち寄せ、俺の身体を引き戻そうとするが、砂は裏切り、足を取られたまま動けない。

 覚えているのは、船が傾いた瞬間のことだけだ。悲鳴と砕ける音。だが、ここはどこだ? 船は? 他の乗客は? 記憶を探るたび、波が押し寄せて思考をさらっていく。

 立ち上がろうとすると、足元の砂に何かが埋まっていた。掘り出すと、それは俺の顔だった。濡れた砂に刻まれた、俺の顔が、じっと俺を見上げている。次の波が来て、それをさらっていく。俺は慌てて手を伸ばしたが、もう遅かった。

 俺の顔が消えた。まるで最初から存在しなかったかのように。

 俺は誰だ? ここはどこだ? ふと、波打ち際に別の足跡が見えた。俺のものではない。それは沖へと続き、海の中へと消えていた。

 俺はそちらへ歩き出す。もう、戻る場所などなかった。

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